学部長の元気対談

蔵本浩一《亀田総合病院》/蔵本理枝子《船橋整形外科病院、いとう整形外科》

略歴:

【蔵本浩一】
北里大学医学部医学科卒(2003.3)。
横須賀市立うわまち病院(2003.4-2005.3)、東京北社会保険病院(2005.4-2006.4)、旭中央病院(2006.5-2010.3)を経て、本年4月から現職(疼痛・緩和ケア科)。
【蔵本理枝子(旧姓:伊藤)】
同卒(2002.3)。東京警察病院、公立昭和病院、西東京警察病院(2002.4-2009.4)を経て、2009年5月から現職。「高齢者や障害者向けの自転車を広めるための会」パネリスト。ランニング関係のイベントの救護ドクター。「高校生大学生のためのスポーツ医学講座」講師(日本整形外科スポーツ医学会、2010)。 リエチ先生の自転車健康診断 BS日テレで5分番組x全4回(2010.11)。各種スポーツ雑誌連載等で活躍。

場所・日時:
泉岳寺門前 紋屋 (2010.12.8)

(和泉) 東医体での活躍、卒業後のスポーツとのかかわりについて聞かせて下さい。

(浩一) 東医体では4年次、5年次に大回転(GSL)と回転(SL)、2種目で優勝しました。他に神奈川県の国体予選で優勝し、本戦にも2回出場しました。

(和泉) 試合に勝つための練習は?

(浩一) 社会人に混じって夏もNew Zealandなどで合宿していました。

(和泉) そのぐらいやらないと勝てない。---

(浩一) そうですね。でも医者になってから最近までは運動から遠ざかっていました(笑)。

<中略>

≪診療科の選択≫
(浩一) 僕は医者になって最初、「一般病院のローテーションとへき地研修」を組み合わせたユニークな研修をやっていました。離島(神津島)にも行きましたが、へき地では慢性疾患や終末期癌の患者さん宅への往診を経験しました。僕にとってへき地や離島での経験は宝物です。その後、三次救急の総合病院で消化器内科や感染症科を研修しました。そこで自分自身が担当医として緩和ケアの必要性を実感し、患者さんや家族、担当医やスタッフにとって「居てくれると助かる」と思われるような緩和ケア医の道を選びました。
(理枝子) 整形外科は、誰にでも身近な科で多くの人に役立つという点で選択しました。実際自分がスポーツを通してさまざまな痛みや怪我に直面し、それをわかりやすく人に伝えたいという希望を持ったら、さらに仕事の範囲が広がりました。

≪後輩に元気の出る一言≫
(浩一) 学生時代に勉強やスポーツ、趣味を通して何かにchallengeできること。その過程でmedical以外の様々な分野の方々と交流ができること。成功しても失敗しても、その経験は将来「人を診る医者」にとっての大きな財産になります。将来の自分のために、そして将来あなたが受け持つ患者さんのために、学生時代に大いに遊んで、大いに勉強してください。くれぐれも楽しむことを忘れずに。
(理枝子) 将来何をするか悩んでいても、興味があることにむけて下積みを重ね、進んでいけば自分の目標に近づけるし、展望が決まればおのずとやるべきことが決まってくるはずです。ただ、待っていても何もはじまりません。自分から進んでやることは怖いことかも知れませんが、自分の能力や普段の仕事にさらに負荷をかけて頑張る事は大きな財産になると信じています。

第43回東日本医科学生総合体育大会GSL 2001.3月

ホノルルセンチュリーライド160km大会 2008.9月

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