学部長の元気対談

宮田亮平(東京藝術大学学長)

略歴:

1945年6月8日新潟県佐渡に蝋型鋳金作家二代目宮田藍堂の三男として生まれる。工芸家としての評価も高く、日本での個展をはじめ、ドイツ・イスラエル・韓国・中国などの展覧会にも出品。イルカをモチーフにした「シュプリンゲン(Springen)」シリーズが有名。「日本現代工芸美術展」大賞・文部大臣賞・内閣総理大臣賞や「日展」内閣総理大臣賞など数々の賞を受賞。日展監事、現代工芸美術家協会理事、文部科学省文化審議会会長代理、国立大学協会理事、日本相撲協会「横綱審議委員会」委員を務める等、各方面に活躍している。(宮田亮平公式HP、Wikipedia抜粋)
宮田亮平先生の学歴・経歴(作品歴を含む)は、公式HP(http://www.geidai.ac.jp/labs/tankin/miyata/)のprofileより抜粋し、講演要旨最下段に掲載した。

場所・日時:
小田急ホテルセンチュリー相模大野、2011.4.28

講演タイトル: ときめきを伝えるとき
講演要旨:
 「だれでもときめきの心を持っています。幼いころ持っていた豊かな感性が、比べられることで摩耗し、ときめき力をなくしてしまう。芸術を通して、人々のときめく心を、もう一度、呼び起こしたいというのが私の信念です。学長の立場でいえば、私たち芸大教員が果たすべき社会還元だと思っています」

イルカ: 私の原点は、佐渡高校を出て、東京藝大の受験に向かうとき、船の周りに集まってきた「イルカ」との心の通いです。私の門出を祝福してくれるような感動を覚えました。私は、イルカをモチーフにした作品を多く作ってきました。一つの作品にたくさんの「イルカ」を登場させます(写真)。たいてい同じ方向を向かせるのですが、1つだけ周りと違う「イルカ」を混ぜます。これが私です。

学長と作品制作: 東京駅の銀の鈴(4代目)は、私の作品です。私の作品の前で待ち人が立っていると、「この作品は私が作ったのですよ」と心の中で叫んで、つい、がまんできなくなって声をかけてしまいたい衝動に駆られます。自分の作品が、社会の中に溶け込んで受け入れられている姿を見るのは嬉しい物です。私は忙しくても創作力は衰えないのですが、気を付けなければいけないのは、力のいれ具合を忘れて、ケガをしてしまうことです(左下の写真、講演会直前のケガで腕に包帯をしている)。

公用車は自転車: 学長になる時ちょうど運転手さんが定年だったので、黒塗りの公用車をやめました。代わりに、"オープンカー(自転車)"に乗って構内を走っていると、学生によく声を掛けられ、呼び止められます。心身の健康とコミュニケーションはすべての源だから、自転車通勤は良いことずくめです。[佐渡が同郷(後輩)の和泉学部長は、まだ公用車を手放せなくて、メタボ解消のため階段を上り下りしている(右下の写真)。]


学歴・経歴:
■1972年:東京藝術大学大学院 修士課程 美術研究科 鍛金専攻 修了
■1990年:文部省在外研究員(ドイツ・ハンブルグ工芸美術博物館)
■1992年:「ドイツ現代工芸展」(フランクフルト・ブレーメン)
■1996年:「中国・北京国際彫刻展」(北京)
■1997年:東京藝術大学 教授
■1999年:「宮田亮平金工展」(東京・ギャラリー日鉱)
 「清洲インターナショナルクラフトビエンナーレ'99」(韓国)
 「'99ソウル国際金属造形招待作家展」(韓国)
■2001年:東京藝術大学 美術学部長
 第1回「九つの音色展」(日本橋 三越)'03'05'07(東京)、'04(韓国)、'06(北京)、'09(福岡・銀座)、「延慶国際雕塑芝主題公園」(中国)
■2002年:「宮田亮平金工展」(新潟 伊勢丹)
 「宮田亮平金工展」(銀座 和光)、「国際城市彫塑展」(北京)
■2003年:「中国・国際城市雕塑芸術展」(福州)、「国際城市雕塑芸術展」(福州)
■2004年:東京藝術大学 副学長・理事、「宮田亮平金工展」(日本橋 三越)
■2005年:東京藝術大学 学長

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