学部長の元気対談

~同級生交歓~ 田中佳祐、中川貴仁、北里梨紗

略歴:

田中佳祐(武蔵野赤十字病院、消化器内科)、中川貴仁(北里大学耳鼻咽喉科学)、北里梨紗(北里大学循環器内科学):北里大学医学部医学科卒(2008.3)、北里大学病院で研修後現職。田中、中川君は水泳部に所属し、東日本医科学生総合体育大会(東医体)で活躍した(写真)。田中君は、男子自由形の大会記録保持者(50 m: 24"27, 2003年; 100 m: 54"19, 2002)。国体選手(山梨県)。北里さんは、サッカー部マネージャー。

場所・日時:
70Fスカイラウンジ シリウス(横浜ロイヤルパークホテル), 2011.11.14(月)、19:10-

(和泉)今日は、2008年3月の卒業生との会食ということで、楽しみにしています。北里さんは、循環器内科にいるのでほぼ毎日顔を見ていますが、田中先生は、北里での研修を終え、今の病院でご活躍と伺っています。中川先生、本学の耳鼻科医として活躍中ですが、田中先生の水泳仲間だったと聞いています。
まず、東医体での活躍、卒業後のスポーツとのかかわりについて聞かせて下さい。
(田中)東医体では1年次、2年次に自由形100 m, 50 mで優勝し、大会記録を持っています(写真右)。全国レベルの大会では、学生時代に故郷の山梨県の国体選手として泳ぎました。
(和泉)試合に勝つための練習は?何歳頃から水泳を始めたの?
(田中)私は、小さい頃小児喘息があったので、両親の勧めで2-3歳の頃から、地元の水泳教室に通い始めたのがきっかけです。高校時代まで、地元の水泳教室で泳いでいました。レースに勝つとか自身の記録を意識したのは、大学に入ってからです。
(和泉)大学の練習は違いますか。---
(田中)そうですね。目から鱗でした。自分で練習プログラムを組み立てるところから始めるので、高校生までとは違います。卒業してからは、ハードなトレーニングはしていませんが、市民スイマー程度に泳いでいます。毎日泳いでいると泳げるのですが、1日、2日サボると、すぐに泳げなくなってしまいます。
(和泉)私は、佐渡島の生まれなので、海の波にもまれて育ったようなものです。ドイツ留学中に、30代でしたが、運動不足解消のために水泳を始めました。昔取った杵柄で楽しかったです。今では、「50 m水泳50 m歩行」の名手ですが、水泳は全身運動で、膝や足首のケガの心配をしなくていいのがいいですね。
(和泉)中川君も学生時代、水泳部で東医体に参加されたということですが、今は、耳鼻科医として第一線で活躍中ですね。将来、どの分野の専門家になりたいですか。
(中川)現在、岡本牧人教授の元で、執刀医をさせて貰っています。とてもやりがいがあり、手術なら何でもしたいです。敢えて決めなければとすれば、腫瘍関連の仕事か難聴の患者さんのお役に立ちたいと考えています。
(和泉)難聴は、お年寄りの患者さんが多いので、治療がうまくいって聞こえるようになると、とても喜ばれます。医者冥利につきます。他にどんな病気が多いですか?
(中川)冬は、中耳炎をこじらせてしまう患者さんが多いです。もう少し暖かくなって花粉が飛ぶようになると、開業医さんでは、花粉症の患者さんが激増します。
(和泉)循環器内科医的には、冬の寒いときは重症の患者さんが多いです。低気圧が近づいてくると、医師も一段と気合を入れて当直に臨まなければなりません(笑)。
(北里)夏は、逆に患者さんが少し減り、少しだけ時間に余裕が持てます。
(田中)消化器の病気は、夏に胆石症の患者さんが多くて、冬は消化管出血の患者さんが増えます。夏の胆石症は、脱水症と関連があるかもしれません。
(和泉)それぞれに季節労働者的側面がありますね(笑)。
<中略>
(北里)私が循環器内科を選択したのは、「理詰めの治療ができる」ということと「治療の効果が劇的」ということにつきます。患者さんの容体が悪く、家に帰れないこともありますが、救急車で運ばれて来た重症な患者さんが、数週間の治療で、「歩いて帰宅される姿」を見送ることは、何にも代え難いです。
(北里)海外の研究会に参加し、旧知の友人にお会いするのも楽しみです(写真下左)。
(和泉)70階の夜景をバックに、北里の元気を届けましょう(写真下右)。

スイスの庭園。Mechler教授婦人(中)と東條准教授(右)

左より北里医師、中川医師、田中医師、和泉学部長

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